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金沢大学資料館の収蔵資料の中から一部コレクション群をご紹介いたします
■ 暁烏陶磁器コレクション
 石川県松任(まっとう)市の真宗大谷派寺院明達寺(みょうたつじ) 出自の信仰運動家である暁烏 敏(あけがらす はや)による陶磁器コレクション。 753点を数え, 内容は地元九谷をはじめ, 全国の諸窯や朝鮮陶磁器など多岐にわたる。
 暁烏の生前に膨大な蔵書を附属図書館に暁烏文庫として収蔵した経緯から, 没後遺族から教育学部に寄贈を受け,平成元年の大学移転に伴い当館で収蔵するにいたる。


■ 美術資料
 本学で美術教育に携わっていた教官による絵画・彫刻のほか, 当世具足や平安時代後期の木製仏像が存在。 また前身各校から伝わる扁額や書の類も収蔵している。



■ 西村コレクション

 西村コレクションは,土器ランプ57点,土器68点,ガラス器21点(うち完形は10点),青銅器4点の150点からなる。寄贈者の西村見暁氏は大正4年に石川県羽咋市に生まれ,昭和8年暁烏敏師の門に入り,昭和16年東京大学印度哲学科を卒業し,昭和27年金沢大学教育学部教育哲学講師として赴任。昭和37年金沢大学助教授を辞し,宗教活動に専念した。昭和37年エルサレムの骨董屋で,キリスト生誕の地ベツレヘムで出土したという土器,ガラス器,青銅器を一括購入した。ランプは1つ1ドルくらい。大型の土器は輸送途中で破損し,小型品が残った。昭和38年に帰国後,金沢大学教育学部に寄贈した。平成元年金沢大学資料館設立に伴い同館に収蔵された。



■ 小中屋文書(リストのみ)
 小中屋文書は近世に幕府領として存在した白山麓十八ヶ村の一つ須納谷(すのだに)村(現石川県小松市花立町)の庄屋小中屋(こなかや)に襲蔵されていた村方文書310点。幕府領での支配形態,庄屋の任務,山村の生活の様子等が読み取ることができる。
 須納谷村(すのだにむら)は大日川上流,越前との国境に位置する白山麓十八箇村に属する山村の一つである。寛文8年(1668)以降幕府直轄領であったが,明治2年(1869)福井藩に所属,同4年本保県となり,同5年石川県能美郡に所属した。同22年近隣五か村が合併して能美郡新丸村となり大字須納谷村と称した。昭和31年大日川ダム建設を機に小松市花立町と改称され現在にいたる。元本学教育学部教授若林喜三郎氏寄贈のもので, 平成3年資料館収蔵。


■ 松嶋家文書(リストのみ)
 松嶋家文書は河北郡津幡町池ヶ原松嶋家に伝わる諸古文書,「一代記」「反別地価等書上」,「石山信長記」(写本),「能州末森戦記」(写本)を中心として手習本,浄土真宗関係写本,和歌・謡関係書等,冊子55点,一紙2点からなる。
 津幡町池ヶ原は,南北に長い石川県のほぼ中央部,加賀・能登・越中の三国に接する三国山山麓の丘陵地に位置する。
 資料の中心をなす「一代記」は,地方知識人といえる松嶋家先代松嶋喜太郎が,天保7年から明治4年までに収集した諸情報を記録したものである。弘化2年以降は,元治元年,慶応3年,明治元年,同2年を除いてそろっている。1巻から5巻,7巻から18巻,26巻,27巻まで現存するが,巻数が不明のものもある。(元治2年,慶応2年)。 内容は,天候,災害,作柄に関する記述が多い。また,たび重なる外国船来航,中央での政治的事件など主な社会情勢についてはおおよその情報が記載されており,加賀藩の一地方への情報伝達のあり方をうかがうことができる。加賀藩レベルでは 嘉永5年の銭屋五兵衛の投獄に至る河北潟死魚浮上事件,安政5年の卯辰山騒動等が記されている


■ 旧制四高の物理機器
 本学発足当時, 理学部が使用した旧制第四高等学校校舎に残存した物理機器。 購入時期は前身第四高等中学校期から旧制高校廃止の数年前までにわたり, そのほとんどが輸入品である。
 絵入りの目録とともに数多く残されていたそれらの機器は 教示用・実習実験用, 或いは研究用に使用したと思われるが, その中でも当時の理科教育の様子を物語るもの 物理機器の進歩の歴史を伺わせるものなど91点を収蔵する。



■ 小型計算機

 本学での研究・教育の一端を示す足跡の一つとして, また計算機の発達の歴史を示すものとして,パーソナル・コンピューター出現以前の古い型の小型計算機10点を収蔵する。


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