教育宝くじ・寄付

「北陸総合大学設置に関する啓蒙宣伝要項 昭和23年2月3日 石川県」(『創設資料 壱巻』)

 昭和23(1948)年2月3日付の,大学設置に県民の関心を喚起する広報活動の要領に関する文書である。
「北陸総合大学を金沢市に設置することは,北陸地方の文化の向上産業経済の振興を期し得る」とある。

 昭和22(1947)年12月,文部省内には旧七帝大に加えて金沢,中国,四国に旧帝大型の総合大学設置の構想があった。しかしこの構想は,翌23(1948)年6月にはCI&Eと文部省との協議でいわゆる「国立大学設置に関する11原則」が検討され,1府県1大学の方針に落ち着く。昭和23(1948)年2月の時点では「金沢市民,石川県民はもとより広く北陸3県の住民の支持協力を懇請する」との表現は,北陸3県を巻き込んだ総合大学構想がこの時点でも生きていたことを思わせ,政策的には非常に微妙である。

   いわゆる「国立大学設置に関する11原則」では「(ニ)新制国立大学の組織施設等は差し当たり現在の学校の組織施設を基本として編成し逐年これが充実を図る。」とされ,財政条件は極めて貧困であった。従って,8600万円と見られた創設費としての臨時費は,大部分は地元の負担となり,その捻出方法は「地元の公共団体及び民間有志者の寄付にまつ」よりほかはない,という状態であった。(「北陸大学について 昭和23年5月 北陸大学実施準備委員会」『創設資料 壱巻』)

 昭和23(1948)年8月には,金沢大学実施準備委員会財務委員会では,23年度の目標額を県内1300万円,東京500万円,関西500万円とし,各郡市に寄付金額を割り当て,寄付を募った。

回覧用金沢大学について (『創設資料 壱巻』)

石川県・金沢大学実施準備委員会(昭和23(1948)年7月に北陸大学実施準備委員会から改称された金沢大学実施準備委員会となっている)

 大学設置促進週間は,昭和23(1948)年5月と11月の2回行われている。(『金沢大学十年史』)
 昭和23(1948)年5月10日から16日の第1回大学設置促進週間では,片町大和デパートで県下小中学生によるポスター標語の展覧会,街頭宣伝,公聴会,ラジオ放送,音楽会,ポスター・立て看板,街頭放送による広報活動が行われている。

 昭和23(1948)年11月21日から26日の第2回大学設置促進週間では,金沢市中央公民館で金沢大学の内容を紹介する展覧会,片町大和デパートでは教育くじの賞品の展示があった。この時の賞品はミシン,服地,ゴム長靴,タオル,化粧石鹸であった。
 また各包括校と城跡間の駅伝が行われている。「二十一日大学高専訪問リレー 参加校= 医大,薬専,工専,石師,青師,金沢工芸,七尾高,羽咋高,小松高,津幡高,一高,金沢高」昭和23(1948)年11月21日付北陸毎日新聞に「金大強調週間」の行事として紹介されている。金沢大学に包括される官立大学・専門学校と,昭和21(1946)年年発足の金沢美術工芸専門学校,この年の4月に発足した新制高校が参加している。

 教育宝くじは昭和23(1948)年5月と11月の2回行われた大学設置促進週間の諸行事と平行して行われた。1枚30円,第1回(昭和23(1948)年5月10日発売)では1500万円,第2回(昭和23(1948)年11月10日発売)では2100万円を発行。この約半額,第1回では760万円,第2回では1000万円の収入があった。第3回教育宝くじは,大学発足後の,昭和24(1949)年8月に発行されている。大学での授業開始は9月2日。抽選はその数日後の4日に行われている。発行額は2100万円。収入額は1006万円。収入金は城内の校舎改装費等に充てられた。

第1回石川県教育宝くじ(左)

昭和23(1948)年5月実施
石川県立歴史博物館蔵

第2回石川県教育宝くじ(右)

昭和23(1948)年11月実施
石川県立歴史博物館蔵

第3回石川県教育宝くじ

昭和24(1949)年8月実施
石川県立歴史博物館蔵

昭和23(1948)年度創設費予算計上額(『創設資料 弐巻』)

寄付金とくじの収入金の会計報告である。

新聞広告「第2回教育宝くじ 総合大学創設」

昭和23(1948)年11月10日付『北国毎日新聞』

新聞広告「好評の石川県教育振興宝くじ」

昭和24(1949)年8月15日付『北国毎日新聞』


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