特別科学研究班

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登録番号 14
タイトル 特別科学研究班
年代 昭和20年1月
出典 『記念写真帳第1集』
提供者 理学部
 昭和19(1944)年9月9日,永井柳太郎は第85回帝国議会に「戦時穎才教育機関設置に関する建議案」を提出。「(略)学徒中の穎才児を簡抜し最高の知能を発揮せしむるやう速やかに特別なる教育機関を設けられむことを望む」もので,9月11日衆議院で可決されている。  同年12月26日文部省は「特別科学教育研究実施要項」により,京都帝大,東京高師,広島高師,奈良女高師,金沢高師の5カ所に「特別科学教育班」を設置を命じた。要項は「科学に関し高度の天分を有する学徒に対し特別なる科学教育を施し我国科学技術の飛躍的向上を図らんが為之が実施に関する方途を研究せんとす」とし,翌20(1945)年1月12日これを受け,金沢高師に「特別科学教育班」が設置された。同月15日,金沢第一中学校,石川師範附属国民学校に各一学級,「特別科学学級」を設置。金沢高師校長が班長,一中,石川師範の校長が副班長,担当教官が班員となり,理科系の英才教育とその教育方法の研究を行った。  「特別科学学級」は敗戦後も存続し,昭和21(1946)年度末に廃止された。  金沢高師附属中学校は昭和22(1947)年度から発足,「科学学級生」の多くが編入した。 (金崎肇「特別科学教育班−理科教育史のひとコマ−」『金沢大学教育学部紀要第15号』,1966) (附属高等学校山本吉次氏のご教示を得た。)


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